2008.02.14(Thu)
メガスターダム
父 ニホンピロウイナー
母 フミノスキー(母の父 マルゼンスキー)
戦績 21戦5勝
'01 ラジオたんぱ杯2歳S(G3) 1着
'05 中京記念(G3) 1着
愛してやまない、最も好きな馬である。
もう引退してから3年もたつんやな〜。
今日はこの馬の思い出話をすることにしよう。
現役時に関西でレースがある時は、よっぽどの用事が無い限り競馬場まで応援にいってた。
もちろん応援するようになったきっかけは名前からだ。
まだ未勝利を勝ったばかりで、
名前が気に入ったから応援しようかなという程度だった「ラジオたんぱ杯」ではしぶとく抜け出し見事に勝利!!
おかげさまで万馬券を獲らせてもらった。
そのレースからはどっぷりとメガスターダムの世界へと入ってしまった。
この馬はそんなに切れる脚をもっているわけではないが、
並んでからの勝負根性がとにかくすごかった。
ノーリーズン、アドマイヤドン、タニノギムレット、ヒシミラクル、シンボリクリスエスなどなど、
同世代には強力なライバルがいたが、クラシック全てで掲示板に載ったのはメガスターダムだけだ。
スタートの瞬間に負けを確信したきさらぎ賞やスプリングSでの大敗。
おかげで16番人気の人気薄で挑んだ皐月賞では5着と巻き返し。
プリンシパルSでは中団から豪快に差しきり、脚質に幅がみられた。
距離不安がささやかれた日本ダービーでは4着に。
神戸新聞杯では不利をうけながらも4着。
「3000mをニホンピロウイナー産駒が走れるわけ無い!」とレース前から散々といわれた菊花賞では3着と激走。
もっとも、4コーナーを回った時には勝ったと思ったんやけどね・・・
ニホンピロウイナー産駒だというのに、皐月賞5着、ダービー4着、菊花賞3着とどんどん距離が伸びていくにもかかわらず着順をあげていった。
もちろん馬券はメガから流して買ってたんで、いずれも負けたけど・・・。
んで、飛躍を期待された直後に屈腱炎・・・
もう戻ってこれないかも・・・、でもまだ引退の発表はないし・・・
ずーーっと待ってた。
そしてついに、2年以上もたってから彼は復活した。
とにかくうれしかった。
新聞の馬柱に名前があるだけで涙が出そうになった。
復帰戦はハナ差で勝利を逃したけど、元気に走っている姿を見れただけで幸せな気分になった。
その後2走後に松籟Sでやっと復活V。
続く京都記念では惨敗してしまったけど、
雨の中、単車で行って財布も体も寒い思いをした事は今となってはいい思い出だ。
そして中京記念ではついに久々の重賞制覇。
冗談抜きで、涙が出るほど感動した。
何度も何度もVTRにかじりついた。
中京記念は本当に強い勝ち方で、天皇賞ももらったなと思った。
ただ、復帰後の出走間隔が狭すぎて脚元のことが気になった。
そして、大阪杯。
大阪杯の日は確か、アメ村でライブがあったから競馬場にいけなくて、、
リハが終わってから急いで道頓堀のWINSにいった記憶が今でも鮮明に残っている。
この時も4コーナーでは勝ったと思ったのに、思ったより伸びず・・・
おかしいなぁと思ったらレース後に見たくもないニュースが入ってきた。
GIを目前にしての無念の屈腱炎再発。
そして、引退。
最後のレースを見にいけなかったのが、今でも悔いが残る。
引退はとても残念だったけど、
距離の壁をつきやぶる姿。
そして、
屈腱炎で2年間も休みながらも再び戻って「GI勝てる!」と期待させてくれたあの姿。
何事にも不屈の闘志で立ち向かっていった姿をみせてくれたことにとても感謝している。
ほんとうにありがとう。
引退後、彼は熊本県の本田牧場という所で種牡馬になったと聞いた。
当初は北海道で乗馬になる予定だったのを、松永騎手(現調教師)が必死に走り回り種牡馬にしてもらうことができたそうだ。
騎手にも愛された、本当に名馬だと思う。
彼がターフを走る姿を追いかける事はもうできないけれど、
これからは彼の不屈の闘志を受け継いだ子が走る姿を追いかけるのが楽しみだ。
その時は、無事で走ってくれればそれだけで嬉しいけれど、
できたらおいしいビールが飲めるように頑張ってほしいなぁ。
父 ニホンピロウイナー
母 フミノスキー(母の父 マルゼンスキー)
戦績 21戦5勝
'01 ラジオたんぱ杯2歳S(G3) 1着
'05 中京記念(G3) 1着
愛してやまない、最も好きな馬である。
もう引退してから3年もたつんやな〜。
今日はこの馬の思い出話をすることにしよう。
現役時に関西でレースがある時は、よっぽどの用事が無い限り競馬場まで応援にいってた。
もちろん応援するようになったきっかけは名前からだ。
まだ未勝利を勝ったばかりで、
名前が気に入ったから応援しようかなという程度だった「ラジオたんぱ杯」ではしぶとく抜け出し見事に勝利!!
おかげさまで万馬券を獲らせてもらった。
そのレースからはどっぷりとメガスターダムの世界へと入ってしまった。
この馬はそんなに切れる脚をもっているわけではないが、
並んでからの勝負根性がとにかくすごかった。
ノーリーズン、アドマイヤドン、タニノギムレット、ヒシミラクル、シンボリクリスエスなどなど、
同世代には強力なライバルがいたが、クラシック全てで掲示板に載ったのはメガスターダムだけだ。
スタートの瞬間に負けを確信したきさらぎ賞やスプリングSでの大敗。
おかげで16番人気の人気薄で挑んだ皐月賞では5着と巻き返し。
プリンシパルSでは中団から豪快に差しきり、脚質に幅がみられた。
距離不安がささやかれた日本ダービーでは4着に。
神戸新聞杯では不利をうけながらも4着。
「3000mをニホンピロウイナー産駒が走れるわけ無い!」とレース前から散々といわれた菊花賞では3着と激走。
もっとも、4コーナーを回った時には勝ったと思ったんやけどね・・・
ニホンピロウイナー産駒だというのに、皐月賞5着、ダービー4着、菊花賞3着とどんどん距離が伸びていくにもかかわらず着順をあげていった。
もちろん馬券はメガから流して買ってたんで、いずれも負けたけど・・・。
んで、飛躍を期待された直後に屈腱炎・・・
もう戻ってこれないかも・・・、でもまだ引退の発表はないし・・・
ずーーっと待ってた。
そしてついに、2年以上もたってから彼は復活した。
とにかくうれしかった。
新聞の馬柱に名前があるだけで涙が出そうになった。
復帰戦はハナ差で勝利を逃したけど、元気に走っている姿を見れただけで幸せな気分になった。
その後2走後に松籟Sでやっと復活V。
続く京都記念では惨敗してしまったけど、
雨の中、単車で行って財布も体も寒い思いをした事は今となってはいい思い出だ。
そして中京記念ではついに久々の重賞制覇。
冗談抜きで、涙が出るほど感動した。
何度も何度もVTRにかじりついた。
中京記念は本当に強い勝ち方で、天皇賞ももらったなと思った。
ただ、復帰後の出走間隔が狭すぎて脚元のことが気になった。
そして、大阪杯。
大阪杯の日は確か、アメ村でライブがあったから競馬場にいけなくて、、
リハが終わってから急いで道頓堀のWINSにいった記憶が今でも鮮明に残っている。
この時も4コーナーでは勝ったと思ったのに、思ったより伸びず・・・
おかしいなぁと思ったらレース後に見たくもないニュースが入ってきた。
GIを目前にしての無念の屈腱炎再発。
そして、引退。
最後のレースを見にいけなかったのが、今でも悔いが残る。
引退はとても残念だったけど、
距離の壁をつきやぶる姿。
そして、
屈腱炎で2年間も休みながらも再び戻って「GI勝てる!」と期待させてくれたあの姿。
何事にも不屈の闘志で立ち向かっていった姿をみせてくれたことにとても感謝している。
ほんとうにありがとう。
引退後、彼は熊本県の本田牧場という所で種牡馬になったと聞いた。
当初は北海道で乗馬になる予定だったのを、松永騎手(現調教師)が必死に走り回り種牡馬にしてもらうことができたそうだ。
騎手にも愛された、本当に名馬だと思う。
彼がターフを走る姿を追いかける事はもうできないけれど、
これからは彼の不屈の闘志を受け継いだ子が走る姿を追いかけるのが楽しみだ。
その時は、無事で走ってくれればそれだけで嬉しいけれど、
できたらおいしいビールが飲めるように頑張ってほしいなぁ。







